患者に生命の危険が迫る急変時、新人看護師は今までにない状況に立ち尽くし、なにもできないままということは珍しくない。今までに経験したことのない状況に衝撃と戸惑いを覚えるのは当然の反応と言える。
また、学生時代に習う急変時の対応法は、気道確保や人工呼吸などの救急救命処置技術のみであることが多く、実際の医療現場での対応には不十分と言える。
この「学校」と「現場」の差は、急変時のみならず、さまざまな場面で感じることになる。この差を縮める方法として注目したいのが、「動画での習熟度の向上」である。
実際に病院で起きる急変時の様子を動画で学生や新人看護師に提供することで、実際の現場の様子を見て学ぶことができるのではないだろうか。本記事はこの「動画での習熟度の向上」について考察したいと思う。
新人看護師が感じる「学校」と「現場」の差
厚生労働省の調査1*では、新人看護職員の離職理由として「基礎教育終了時点の能力と現場で求める能力とのギャップが大きい」が1位になっている。
特に急変時の対応は、新人の看護師や経験の浅い看護師にとっては重荷である。なぜなら、学生時代に教わったことだけでは到底対処できない状況に置かれることが理由の1つに挙げられる。
『看護師等養成所の運営に関する指導要領』2*は、看護学生が在学中に習得するべきカリキュラムが示されている。その中で、急変時の対応に該当するのが「救命救急処置技術」で、項目は下記のとおりである。
- 緊急なことが生じた場合にはチームメンバーへの応援要請ができる
- 看護師・教員の指導のもとで、患者の意識状態を観察できる
- モデル人形で気管確保が正しくできる
- モデル人形で人工呼吸が正しく実施できる
- モデル人形で閉鎖式心マッサージが正しく実施できる
- 除細動の原理がわかりモデル人形にAEDを用いて正しく実施できる
- 意識レベルの把握方法がわかる
- 止血法の原理がわかる
しかし実際の現場では、急変時の対応としてこれだけでは不十分である。なぜなら、これらの技術で対応できるのは、病院で起こる急変のほんの一部に過ぎない。
例えば、脳血管系の病棟なら急変で多いのは意識障害である。この状態で必要な流れは、意識状態の把握やバイタルサイン測定、医師への報告である。そこから医師の診察や画像検査で異常が見つかれば手術や処置が行われるため、看護師はその準備が必要になる。
また産婦人科なら、胎動が少なくなったと訴える患者にNSTを実施し、胎児心拍低下が見られた場合にはその状態を医師に報告、緊急帝王切開が決定すれば手術の準備が必要になる。
一口に手術の準備と言っても、採血や、輸血を想定したゲージ数の高い留置針でのルートキープ、尿道留置カテーテル挿入、手術衣の着用、手術範囲の剃毛など、短時間で迅速に処置を行わなければならない。
これらの実際の急変時の対応を初めて現場を目の当たりにしたとき、新人看護師は「怖い」「どうしたらいいかわからない」「逃げたい」と思うものも少なくないだろう。からだが固まって動けなくなることもあるかもしれない。
では、この差を縮めるためにはどうすればいいだろうか。
新人看護師が差を縮めるために必要なものは
急変時の対応は、独特の緊張感の中、迅速かつ的確に処置を行う必要があり、それを学校という場所で再現することは非常に難しい。基礎の看護技術を習得することが目的となる学校では、そこまで対応できないのが現実だろう。
さらに、先述の救命救急処置技術ですら、学習や実習の機会はあるものの、在学中に実践できる回数は最低1回、多くても数回あるかどうかといったところである。そんな状況の中で、看護学生と新人看護師に求められるレベルの差を縮めるのに有用となるのが動画コンテンツである。
動画でいつでもどこでもシミュレーションできる努力のしやすい環境
何事も知ると知らないのでは、大きな差がある。もし、所属となる病棟でよく起きる急変の事例とその対応がわかる動画があればどうだろうか。もしも実際にその場面に遭遇した時、知っていることが少しの自信に繋がり、固まることなく適切な対応をできることが期待できる。少なくとも、急変に気づき人を呼ぶというところには繋がるだろう。
さらに、動画を繰り返し観ることで、その動きを覚え、実践することが可能になる。実習やデモンストレーションと違い、動画は自分の空いた時間にいつでも確認することができ、スマートフォンやタブレットなどの携帯端末を使えばどこでも再生が可能である。
わからないところがあれば、その箇所を再生しながら先生や先輩看護師に質問でき、情報の共有がスムーズに的確にできるというメリットもある。その動画を見ながら、自分に置き換え、シミュレーションを繰り返すこともできる。
動画を利用したこれらの努力によって、実際の急変場面で混乱することなく状況を把握し、スムーズに動けるようになれば、本人の自信に繋がるだけでなく、病棟の看護レベルも向上できるだろう。
運よく場数を恵まれる看護師、たまたま踏めない看護師。後者の新人でも夜勤で一人対応しなければならない恐怖。
急変時の対応は、その1つ1つを見れば、基礎的な看護技術があれば対応できるものが多い。採血やルートキープ、バイタルサイン測定、意識状態のチェックなど、実習や研修で習ったことであり、落ち着いてやればできることである。
だが、それがいつどのタイミングで必要なのか、流れを読み、緊急時でも判断できる能力を身に着ける必要がある。また、医師の指示を予想し、事前に準備ができていれば、処置のスピードは格段に上がる。
それには場数を踏むのが一番とされてきたが、運良く場数を踏める人もいれば、中にはまったく急変に当たらない人もいる。もし、経験しないまま、夜勤などの人手の少ないときに急変に遭遇したら、非常に怖いことになるだろう。
夜勤帯の急変は、看護師一人で対応しなければならない場面もあり得る。的確な指示やサポートをしてくれる先輩はおらず、医師からの指示が飛ぶなか、失敗の許されないルートキープや薬剤の投与、採血などの医療行為を行う必要があり、重大なプレッシャーを感じることになる。さらに失敗すれば患者の命に関わり、看護師としての自分の未来にも大きく影響する。
そうならないためにも、急変時の一連の対応方法を動画で見ておくことは重要である。点でしかなかった各看護技術が、一連の流れとして線で繋がれば、次になにをすべきか見えてくるようになるだろう。その線を増やすことは、看護師としての自信につながり、理想の看護師への早道になるに違いない。
かくいう私も急変時、何もできず棒立ちだった経験がある。
筆者が病棟配属後3カ月目ぐらいの時に、癒着胎盤で大出血を起こしたケースを経験した。正常分娩で順調に胎児の娩出を終えたが、胎盤娩出のタイミングで大出血を起こし、輸血を何単位も行い、止血が不可能なため子宮全摘に至ったケースである。このケースは日勤帯だったため、分娩室での急変に看護師が多数駆けつけ、輸血を行いつつ、早急に手術室へ運ぶことができた。
だが、この時筆者は、棒立ちのままなにもできなかったのである。
医師の怒号が響き、アラームが鳴り続け、器具が落ちる音や、慌てるスタッフの足音が響くなか、輸血やオペ準備に奔走する先輩たちを見ながら、なにが起こったのかどうしていいかわからないまま終わったのである。
もし、この時の様子を映像で記録できていたら、その記録を元に「分娩後の大出血」という急変時の対応について学ぶことができ、次回の急変時には立ち尽くしていただけということは避けられるだろう。さらに急変時対応の記録を重ねるごとに、よりよい対処法を検討・共有でき、看護の質が病棟全体で上がったと思われる。
経験したものだけの記憶ではなく、動画で経験を共有し共通の記録に。
急変時に対応した者だけが経験を積めるのではなく、急変に対応できる人材を育てるために、映像として記録し共有することは看護の質を高める上で非常に重要になってくると考える。
現場は慌ただしいので定点カメラでの撮影が現実的だ。そのうえでさらに、できるならですが、この定点カメラの映像をもとに、タイムライン的に同時進行する各看護師の動きを追った再現VTRが作れれば最高だろう。
①現場の実際の映像
②各看護師の動きを再現した映像
この2つが用意できれば、急変時の対応をみんなが学べるのではないか。なお、あくまで筆者は映像の知識があるわけではないが、仮にこのような映像資料があれば新人看護師のみならず、病院・業界全体にとって有益なものになるだろう。
まとめ
このように急変時の看護師の現場対応を動画にしたものがあれば、学校と現場の差を縮める教材となるほか、病棟では新人教育や病棟の看護レベル向上にも利用することができる。
紙の教科書やマニュアルだけでは伝えきれない緊迫感やスピード感、看護師の動きや医師の指示の様子、ほかの看護師との連携方法などを、動画ならリアルに伝えてくれるだろう。実際の急変時の現場を知ることは、その状況に備えるきっかけとなり、きっと多くの看護師をいい方向に導いてくれるに違いない。